hirax.net::Keywords::「立体感」のブログ



1999-05-23[n年前へ]

HooPoディスプレイの謎 

夢の扉が開かれる

 ビジネスショー'99に行った。そこで、面白いものを見かけたので紹介したいと思う。
まずは、NTTのブースである。下の写真では判りづらいだろうが、色々な画像と文字が立体的に(奥行き情報を持って)すばやく映し出されているのである。


 映像が立体的になった瞬間は「まさかレンチキュラー方式?」などと考えてしまったが、
奥行きに2段階しかないことに気づくと(映像の変化が激しく、気づきにくかったのだ)、謎は解ける。一番置くに大きなディスプレイがあり、その前に半透明のシートがあり、そのシートに対して前方からプロジェクターで前景を映し出しているのである。なかなか面白そうなので、後でじっくり観ることにした。

 次の面白いものは、以下である。HoroProディスプレイという名称である。

ディスプレイが透けているのがわかるだろうか?ITEM-16というのは後ろの壁である。


 一見ただのガラス板である。最初は発光ディスプレイかとびっくりした。しかしこれもタネは前のNTTの場合の前景スクリーンと同じようなものである。下からプロジェクターで映しているのである。しかし、それも良く見なければ判らない。
 アオリの調整などはどうしているのだろうか?そういった機能を内蔵するゾーンプレートのようなものなのだろうか?これは実に面白い活用方法がありそうだ。

NTTもHoloProも簡単なタネを持つ科学おもちゃであり、見ているととても楽しい。どういったタネであるかを考えるのはミステリーを解くようで面白い。

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 さて、それでは席をちゃんと確保してNTTのブースを見てみることにしよう。こちらは、キーワードといい、演出といい、実に私好みだった。ラストなど感動してしまった位だ。

「夢の」扉が開かれる。
文字がうすぼんやりと浮かんでいる。



色々な映像が映し出され、カウントダウンが始まる。



始まるといきなり映像に奥行きが生まれる。
前後で映像・文字がすばやく映し出される。


 この瞬間には不思議な立体感が強く感じられるわけである。

ディスプレイとスクリーンの中央が照らされ、そこに人がいたことがわかる。


 ここでも、不思議な立体感は続く。

輝きながら、スクリーンが揚がる。


 この緞帳が揚がる瞬間というのは実に気持ちがいい。コンサートでも舞台でも緞帳というのは現実の世界と架空の世界の間の「扉」である。それを開けるということは、すなわち、架空(今回は夢か)の世界へ入っていくことに他ならない。

ここからメインのプレゼンが始まる
ビジネス、パブリック、ホーム、SOHOといった舞台で様々な人物が登場し、ディスプレイの前後が一体化した寸劇風のプレゼンを行う。
そして彼らは、必ず最後には後ろのディスプレイの中に溶け込んでいく。



 ここでは、一見夢の世界に思えるプレゼンが続くわけである。

プレゼンが終わり、スクリーンが下る。そして、キーワードが前後に映し出される。



 スクリーンが下がる、緞帳が下がるということは、これから「夢」の世界から現実の世界に戻っていくわけだ。

周囲が明るくなり、これまで登場した人物達が
勢ぞろいしていることがわかる。
彼らはビジネス、パブリック、ホーム、SOHOといったものを
代表する人物達である。




登場人物の前後を縦横無尽にこれまで使われた映像、
すなわち、登場人物達を象徴する映像が映し出される。

 これまで登場した人物達は、未だスクリーンの向こう、「夢の扉」の向こうにいるのである。

「夢の扉」を開く原動力、それは...と始まる長い台詞が続く。
エンディングはこうでなくちゃ。
- そして今、「夢の扉」が開かれます -

 もちろん、その瞬間にスクリーンがあがるわけだ。

スクリーンが揚がり、役者が並んでいる。
(絶対、ここは拍手だと思うんだけどなぁ。)

 こういった風景は舞台であれば、単に役者が演じていた者から素に戻り、役者紹介、すなわち架空の世界から現実の世界に戻るだけであるが、今回の場合はそれだけに留まらない。
 「扉」の向こうで演じられていた「夢」がすでにここにある、ということを端的に示しているのである。夢の世界はスクリーンの向こうにあるわけではない、夢の世界はもうここにある-「夢の扉」は開かれた-ことを強く示すものだ。

 最後の「夢の扉を開く原動力、それは..」.の後につづく台詞も結構良かった。役者と製作者達に拍手をしたい。

1999-12-06[n年前へ]

立体音感を考える 

バーチャルサウンドソフトウェアを作ってみよう



 立体感というものには何故か強く心惹かれるものがある。まして、それが人工的な立体感であるならば、なおさらである。それは、画像・映像であっても、音であっても同じだ。色覚なども同様なのだが、人間の感覚というものを人間自身の技術により再現できたりするのが、実に面白い。

 何より、自分が実感できるというのが良い。結果を自分で感じることができるというのは、素晴らしいと思う。よくソフト技術者などで、「もう少し目に見えるものが作りたい」という人がいるが、それと同じである。

 小・中学校などでも実感できる教材や授業というのがあれば素晴らしいと思う。最近のWEBを眺めていると、そういう先生方のグループも多いようだ。そういう先生は「えらいなぁ」とつくづく思う。今の学校の先生は、そういうことをすればするほど、仕事としては時間単価が下がってしまうのだろう。それでも、そういった先生方は、きっとそういうことは気にしてはいられないのだろう。ホントにエライ。

 さて、立体感を実現するソフトであるが、そういった技術には色々なモノがある。音響の立体感の実現を目指す技術に関しても、古くから数多い技術がある。そういったものを追求しているWEBも多々あり、
 「今日の必ずトクする一言(http://www.tomoya.com/)」の

 などはその最たるものである。ここのWEBマスターなどは聴覚の専門家でもあるので、こういう話題に惹かれるのは当然なのだろう。

 また、そういったものを実現しようとする製品は昔から掃いて捨てるほどある。最近の製品では、

などもそうである。(といっても、今回の話しはずいぶんと長い間塩漬けになっていたので、それほど最近ではなくなってしまったのが残念である。)

 私も出張などで新幹線などに乗っている際には、E-500などでヘッドホンで音楽を聴いていることが多い。そういう時には、先の「山本式スーパーバイノーラルコンペンセーター」などが欲しくなり、音の立体感などについて色々と考えてしまう。必要に迫られているせいか、立体音感については、私もとても興味を惹かれるのである。
 というわけで、「できるかな?」でも立体音響について考えてみたいと思う。といっても、考えるだけでは面白くない。それに「ナントカの考え休むに至り」ともいう。私が考えるだけでは、何にもならないし、しょうがない。色々と実験をして遊んでみたい。
 そのために、まずはいくつかの道具を作ってみることにした。

 今回、作成するのは、山本式バーチャルサウンドシステムソフトウェア(名付けてYVSSS。略称が長いので、以降YVS3と称することにする。)である。先の「今日の必ずトクする一言(http://www.tomoya.com/)」の一連の話しに出てくるそれである。スピーカーマトリックスの程度を小さくしたものである。

 バーチャルサウンドシステムソフトウェアというと仰々しいし、ものすごいソフトウェアに思えるかもしれないが、実はそんな大したモノではない。それどころか、実に簡単なモノである。実際には、Waveファイルを開いて、そのファイルの左チャンネル(L)、右チャンネル(R)に対して、

  • R'= R - 1/3L
  • L'= L - 1/3R
という処理をしてやるだけである。これが、どのような作用を持つか考えるのは、先に挙げた「山本式バーチャルサウンドシステム」のWEBを読めばわかるだろう。もちろん、本「できるかな?」的にも色々考えてみたいわけではあるが、それは次回以降に後回しである。今回は、YVS3を作成し、自分の耳でその効果を実感するだけである。

 ここに、今回作成したソフトを置いておく。いつものことであるが、完成度はアルファ版以下である。


 使い方を示しておく。まず、下が動作画面である。水平方向にスライダーがあるが、チャンネル同士の演算の係数を決めるものである。左端が0%であり、右端が100%である。

WaveMixPro(YVS3)の動作画面

 すなわち、スライダーが左端であれば、

  • R'= R - 0 L = R
  • L'= L- 0 R = L
となる。つまり、オリジナルそのままである。また、スライダーが右端であれば、
  • R'= R - L
  • L'= L- R
となる。差分を出力することになるわけだ。
 Load_Convertボタンを押して、WAVファイルを選択し、変換することができる。その際、オリジナルのファイルは"*.org"という名前で保存される。

  さて、このソフトを使って、

  • 種ともこのアルバム「感傷」から「はい、チーズ!」
  • THE POLICEのLive at the "Omni" Atlanta, Georgia During 1983 U.S.A Tourから"SoLonely"
を試聴してみた。「はい、チーズ!」は途中がLive録音であるし、"So Lonely"の方は完全にLive録音であるからだ。

 試聴のやりかたは、Cd2wav32.exeを使い、CDからWAVファイルにする。そして、WaveMixPro(YVS3)を使って、バーチャルサウンドシステム構築する。そして、それをヘッドホーンで試聴するわけだ。適当にチャンネル同士の演算の係数を変化させ、聴いてみた。果たして、立体感は増しているか?

 さて、試聴した結果であるが、「うーん。」という感じだ。
 係数を大きくすると、まるで「カラオケ製造器」である。ボーカルが消えるだけである。しかも、聴衆が頭の真ん中に居座っているような感じである。つまり、立体感がむしろなくなってしまっている。「何故、オマエらはオレの頭の真ん中で拍手をするのだ」、と言いたくなる。頭が変になりそうである。
 かといって、小さいとよく違いがわからない。困ったものである。

 さてさて、まだまだ第一回目ではあるが、前途多難の気配であるのが心配なところだ。

2000-01-03[n年前へ]

音場の定位を見てみたい 

立体音感を考える その2


 前回(といっても間に他の話も挟まっているのだが)、

で「音の立体感」について考え始めた。今回はその続きである。「音の立体感」を考えるための道具を作る準備をしてみたい。

 色々なことを考えるには、その目的にあった測定器が必要である。何か新しいことをしようと思ったら、そのための新しい測定器を作成しなければならない(と思うだけだが)。そして、何より私は計測器なんてほとんど持っていない。だからといって、計測器を買うお金があるわけではない。というわけで、困ってしまうのだ。

 そこで、立体音感を考えるための測定器を作っていくことにした。といっても、すぐにできるとも思えないので、色々実験をしながらボチボチとやってみることにした。勉強がてら、ボチボチやってみるのである。オーディオ関連のことにはかなり疎いので勉強にはちょうど良いだろう。

 資料をいくつか眺めてみたが、特に

  • 「立体視の不思議を探る」 井上 弘著 オプトロニクス社
の中に簡単に音の立体感に関する因子が簡単にまとめられている。それは
  • 音像定位の因子
    • 両耳差因子 (音響信号)
      • 音の強さ(振幅)の差
      • 位相の差
    • 周波数スペクトル因子
というものである。今回はこの中の「音の強さ(振幅)の差」というものに注目してみることにした。よくある2スピーカ方式の「音の立体感」を考えるとき一番メジャーである、と思うからだ。左のスピーカーと右のスピーカーから聞こえる音の大きさが違う、というヤツである。

 そこで、いきなりだが今回作成した解析ソフト「音場くん一号」のアルゴリズムは以下のようになる。

  1. PCのサウンド入力から、サンプリング周波数 22.05kHz、Stereo 各チャンネル8bitで取り込みを行う。
  2. 取り込んだデータを4096点毎にウィンドウ(Hamming or無し)処理をかける。
  3. 高速フーリエ変換(FFT)を行う
  4. FFTの結果の実部について、左右のチャンネルの差分を計算する
 このようにすることで、各周波数成分それぞれについて、左と右のチャンネルに記録されている「音の大きさ(音圧)」の差がわかるといいな、と考えたのである。

 次に示すのが、「音場くん(仮名)一号」の動作画面である。「音場くん(仮名)一号」の画面構成は、

  • 右側->制御部
  • 左側->計測データ表示部
である。そして、左側の計測データ表示部は上から、
  • 音声波形データ(赤=左、緑=右)
  • 周波数(横軸)vs左右での音圧の差(縦軸)
  • 時間(横軸)vs周波数(縦軸)vs左右での音圧の差(色)
となっている。ちなみに下の画面は種ともこの「うれしいひとこと」の中から、「安売り水着を結局買ったアタシの歌」のイントロ部を計測したものだ。
「音場くん(仮名)一号」の画面
「安売り水着を結局買ったアタシの歌」イントロ部

(黒字に赤、緑の色構成は変更の予定)

 計測データ表示部の拡大図を下に示す。

  • 音声波形データ(赤=左、緑=右)
  • 周波数(横軸)vs左右での音圧の差(縦軸)
  • 時間(横軸)vs周波数(縦軸)vs左右での音圧の差(色)
というのが判るだろうか?かなりわかりにくい表示系であるのが残念だ。また、色もみにくい表示色になっていると思うので、近く変更する予定である。

 この表示計の意味を例を挙げて説明したい。例えば、下の画面では左の方に定位している音が鳴ったときの状態を示している。一番上の音声波形データでは緑(右)の波形は小さいのに対して、赤(左)の大きな波形が見えている。
 また、真ん中の「周波数(横軸)vs左右での音圧の差(縦軸)」では横軸100(任意単位)程度の高さの辺りで左チャンネルに位置する音が発生しているのがわかる。
 また、一番下の「時間(横軸)vs周波数(縦軸)vs左右での音圧の差(色)」では時間的に一番最後(横軸で右側)の方の横軸560、縦軸100位の位置に白い(すなわち左チャンネルに定位する)音が発生しているのがわかると思う。

「音場くん(仮名)一号」の画面の拡大図
「安売り水着を結局買ったアタシの歌」イントロ部

 この曲のイントロでは、「ポンッ」という音が高さを変えつつ、左右にパンニング(定位位置を変化させること)する。
 一番下の「時間(横軸)vs周波数(縦軸)vs左右での音圧の差(色)」を示したグラフ中で白・黄色(左に定位)と青・黒(右に定位)する音が時間的にずれながら現れているのが判ると思う。

 このようにして、この「音場くん(仮名)一号」では音の定位状態についての「極めて大雑把な」計測が可能である(保証はしないけど)。「音場くん(仮名)一号」を使った他の例を示してみる。

 下は種ともこの「O・HA・YO」の中から「The Morning Dew」のイントロ部を示したものだ。

  • 左(白・黄)チャンネル方向に定位するピアノ
  • 右(黒・青)チャンネル方向に定位するガットギター
がつくる旋律が絡み合っているのがわかると思う。
「The Morning Dew」のイントロ部での
「時間(横軸)vs周波数(縦軸)vs左右での音圧の差(色)」
を示したもの

 これはまるでオルゴールのピンを見ているようだ。あるいは、シーケンサーや昔の自動演奏ピアノのロール譜のようである。対位法などの効果をこれで確認したくなってしまう。

 さて、ここまでの例は楽器も少なく、比較的自然な定位状態であった。しかし、以下に示すような場合には不自然なくらいの「音の壁」状態の場合である。かなり状態が異なる場合だ。

「KI・REI」のラストのラストコーラス部での
「時間(横軸)vs周波数(縦軸)vs左右での音圧の差(色)」
を示したもの

 これは、種ともこの「O・HA・YO」の中から「KI・REI」のラストのラストコーラス部を示したものである。人のコーラスが重なり合っていく部分である。色々な高さの声が重なり合っていく様子がわかるだろう。
 ところが、このグラフをよくみると、同じ音が時間的に持続しているにも関わらず、時間毎に定位位置が左右で入れ替わっているのがわかる。

 これはきっとエフェクターで言うところのコーラスなどをかけたせいだろう(素人判断だけど)。人工的にフィルタ処理をしているためにこのようになるのだろう。こういう結果を見ると、「音場くん(仮名)一号」をプログレ系の音の壁を解析してみたくなる。

 さて今回は、音声の定位状態を解析する「音場くん(仮名)一号」を作成し、いくつかの音楽に対して使ってみた。まだまだ「音場くん(仮名)一号」は作成途中である。これから続く立体音感シリーズとともに「音場くん(仮名)」も成長していく予定である。

 さて、一番先の画面中に"Re"という選択肢があるのがわかると思う。もちろん、これと対になるのは"Im"である。FFTをかけた結果の"実部"と"虚部"である。"実部"の方が左右の耳の間での音の大きさの違いを示すのに対して、"虚部"の方は左右の耳の間での位相差を示すものだ。つまり、ある周波数の音が左右の耳の間でどのような位相差を示すものか、測定しようとするものである。

 左右の耳に対する音の位相差というものは、立体音感を考える上では避けては通れないのだろう。しかし、位相差を処理しようとすると、どうしたらいいものかかなり迷う部分がある。また、今回のようなFFT処理をかけたときに得られる位相を用いて良いものかどうかもよくわからない。というわけで、今回は位相解析処理は後回し、ということにした。

2000-01-08[n年前へ]

着メロの音響工学 

この着信音は誰のだ!? 立体音感その3


 街中で携帯電話の着信音が鳴ると、周辺の人が一斉に自分のポケットを探る光景というのはよく見掛ける。それは、まるで「クイズ・ドレミファドン」のようである。そう「超・イントロクイズ」そのものなのだ。「このイントロはオレのか!?それとも!?」と皆が考えている瞬間である。
 着メロのイントロが始まるや否や、腰の携帯電話に手をやる様子は「おまえは荒野のガンマンか!」とツッコみたくなる程である。

 特に、私の勤務先などでは全員が同じPHSを持ち歩いているせいか、着信音が聞こえ始めると、みな自分のポケットを探り始める。もちろん、そのPHSの着信音は数種類ある。しかし、1500人程度の従業員がいるわけだから、1500人/ 数種類だけ同じ着信音があるわけだ。仮に15種類あるとしても、

1500(人) / 15(種類数) = 100(人/種類)
つまり、自分と全く同じ着信音のPHSを持つ人が100人もいるのだ。世の中には「自分と同じ顔の人が七人いる」というが、職場に同じ着信音の人が100人もいるのである。これでは、着信音が鳴ると同時に多くの人がポケットを探るのも自然だろう。

 もちろん、この解決策として、「着信音でなくてバイブレーターを使う」というものがあるわけだが、何故かその解決策は許されないらしい。不思議である。

 さて、そもそも、何故自分の着信音を区別できないのだろうか? まず、その辺りから考えてみることにする。
 着信音が鳴ったときに、「自分の着信音かどうか判断するための基準」は二つあるだろう。それは、

  1. 着信音の種類
  2. 着信音が鳴っている位置
の二つである。着信音が人それぞれ固有のものであるとしたら、着信音の種類を聞けば、誰の着信音か判断できる。また、仮に着信音がみな同じであっても、着信音が鳴っている位置を識別できれば、それでも誰の着信音であるか判断できる。自分の携帯電話の位置は、それぞれ把握しているのが自然である。だから、
着信音の鳴っている位置 = 自分の携帯電話の位置
が成立するかどうか即座に判断できれば、着信音が同じでも「自分の着信音であるか」の判断が可能ということだ。

  つまりは、「携帯電話の着信音という音源の定位」という問題を考えれば良いことになる。もし、「着信音の定位」が判れば、自分の携帯電話の着信音か他の人の着信音かどうかなんてことは考えなくて済むのだ。そう、今回は「立体音感」シリーズその3だったのである。

 それでは、一体「着信音がどこで鳴っているのか、すなわち、着信音の定位」が判るためには何が必要なのだろうか?
 

前回、

で「音の立体感に関する因子」について
  • 音像定位の因子
    • 両耳差因子 (音響信号)
      • 音の強さ(振幅)の差
      • 位相の差
    • 周波数スペクトル因子
の中の両耳差因子の内の「音の強さ(振幅)の差」について考えた。今回は、「着信音の定位」を考えるにあたり、「周波数スペクトル因子」に注目してみることにする。

 周波数スペクトル因子というのは、例えば、

の中の記述
 指を前方で鳴らしてみて下さい。 そしてすこしずつ手を頭の側方に、手と頭の距離を変えないようにして、移動してみて下さい。 音量がわずかに大きくなったこととある特定の中域および広域の音がより強調されることに気が付かれるでしょう。 この実験では、指を鳴らす動作は一定の音量と周波数を発生する音源として用いられたわけです。 耳は同一の音源が前方から来る場合と、側方から来る場合で全く違う音と聞き分け、頭脳にそれを登録します。 側方の音は若干大きく、また耳たぶのせいで高い周波数で聞こえます。
にあるようなものである。
 音波が人間の頭部を通過してくる間に音波の周波数分布が変化し、その変化具合で音波がやってきた方向を知ることができるというものだ(多分)。もちろん、位相分布も変化するだろうが、ここでは周波数分布しか考えない。

 こういう音像定位の因子における「周波数スペクトル因子」を考える時に、もし音源の周波数スペクトルがごく狭いものだったらどうだろうか?つまり、単一の周波数しか含まない音源だったらどうだろうか?周波数スペクトルが変化するといっても、単一のスペクトルしか含んでいないのだから、振幅が変化する効果しかない。周波数スペクトルの分布は何ら変化しない。
 ということは、「音像定位の因子における周波数スペクトル因子」が上手く作用しないことになってしまう。(もちろん、実際には非線形な効果が存在するだろうから、多少は周波数スペクトルも変化するとは思うが。)

 これと全く同じことはまたしても「物理の散歩道」で触れられている。ロゲルギスト著の岩波新書「第四物理の散歩道」の「不規則なものの効用 三節」である。純音より不規則な音の方が「立体感」を得られるだろう、と書いている。

 今回、「携帯電話の着信音の定位」を「着信音のスペクトル分布」という観点から調べてみることにする。携帯電話の着信音がどのような波形であるか、どのような周波数分布を持っているかを調べるのである。果たして、携帯電話の着信音の周波数分布はどうなっているのだろうか?(部品点数を考えれば、ほぼSin波か矩形波なのが当然だろうが...)

 まずは手持ちの機種で着信音の波形とスペクトルを見てみることにした。使った機種を以下に示す。
 

使用した Hitachi C201H

 それでは、着信音No4と着メロ「この木何の木」の波形とスペクトログラムを次に示す。それぞれのグラフ中で上は「時間vs周波数分布」を示すスペクトログラムであり、下は「時間vs強度」の波形グラフである。

 まずこれが、着信音No.4の波形とスペクトログラムであり、
 

No.4の波形とスペクトログラム

こちらが、「この木何の木」の波形とスペクトログラムだ。
 

「この木何の木」の波形とスペクトログラム

 どちらも周波数分布はそれほどブロードではない。すると、「音像定位の因子における周波数スペクトル因子」を用いた「立体音感」がうまく働かないかもしれない。ただし、着信音No.4に関しては時間的に変化しないが、着メロ「この木何の木」に関しては、当然だが時間的に変化していく。

 この違いが果たして、「着信音の音像の定位」の判断を左右するものか、自分の耳で実験することにした。着信音No.4と着メロ「この木何の木」を鳴らした時に、どこから鳴っているように聞こえるか判断してみるのだ。

 目をつぶり頭の周囲で着信音を鳴らし、その定位を判断してみた。すると、色々な着信音を聞いてみたがいずれも定位の判断がしづらかった。特に頭の前後の判断がしづらい。それは、着信音No.4と着メロ「この木何の木」でも同様であった。やはり、純音に近いと「音像定位の因子における周波数スペクトル因子」が働きづらいのかもしれない。

 そして、着信音No.4と着メロ「この木何の木」だが、むしろ着信音No.4の方が判断をしやすかった。メロディだと音が変わるときに定位が変わるかのような感覚を受けた。そのため、判断をしにくかった。もちろん、これは私だけの感覚かもしれない。その辺りは被験者を増やして実験をしてみたい(再実験をする日が来るかどうかは大いに疑問であるが)。
 また、もしかしたら着信音No.4の方が矩形波に近く、純音でないのが良かったのかもしれない。もしかしたら、の話だけれど。

 もし、今回使った音を聞いてみたい人がいるならば、

これを聞いてみてもらいたい。ただし、サイズがでかいので要注意だ。あとバックグラウンドがうるさいのはハードディスクとファンの回転音である。困ったものだ。

 最近多い「同時発声数が多い着メロ機能」というのも、使って実験すると面白そうだ。しかも、音が分厚いヤツがあると、案外良いモノかもしれないな、とうらやましく思ったりするのである。そして、着信音スピーカーがプアァで歪んでいる機種なんかが、色々な周波数成分を含んでいて、実は「着信音の定位」に関しては良かったりするのかもしれない、と考えたりする。しかし、こちらはチットモうらやましくないのであった。
 

2001-02-11[n年前へ]

もう一つの目から眺めた世界 

hirax.net式「平面画像立体化法」

 先日、出張のついでに本屋で野田秀樹の「20世紀最後の戯曲集」を買った。電車の中で冒頭の「RightEye」を読んでいると、こんな台詞があった。

 オレはもう二度と、立体写真を見ることができない。立体星座早見盤とか、アトラス立体地図とか、ああいうのが見れなくなるんだぞ。
「Right Eye」は野田秀樹自身の右目失明、カンボジアで亡くなったカメラマン一ノ瀬泰造、被写体を執拗に追いかけるパパラッチ達、そして死んでいった一人の女性が姿形を変えながら絡み合っていく話だ。

 立体写真を見ても立体感を感じるかどうかは人それぞれであるし、空にかかる虹を眺めてみてもそれが何色に見えるかはやはり人それぞれだろう。「平面画像を立体化する話」の話を書いてみても、それを眺めることができない人もいるし、Photoshopを使った話を書いてもPhotoshopを持っていない人には面白くないだけかもしれない、そしてオッパイ星人の話を書けば(いつもバストを大きくしがちなのは、わかりやすさの都合上だったりするだけなのだが)、それで不快になる方も多々いることだろう。

 それでも、今回も立体画像の話、「平面画像立体化」の続きを書く。

 
 さて、こんな平面画像があったとしたら、どのようにしてやれば立体化することができるだろうか?
 

こんな平面画像があったら?

 人間が立体感を感じる大きな手がかりの一つが両眼視差だ。遠くにあるものを眺める時には、右目と左目にはほぼ同じように見えるが、近くにあるものを見る時は右目と左目の場所が違うため、右目と左目では違う景色が見えることになる。例えば、下の図のように緑色の○が遠くにあって、青色の□が近くにあった場合を考えると、緑色の○は右目からも左目からも同じように見えるが、青色の□は左目からは視界の右側に見えるし、右目からは視界の左側に見える。
 

左目(上)と右目(下)から見える景色が違う

 この左目と右目からの見え方の違いを頼りにして、立体感を得るのが両眼視差である。であれば、左目用と右目用に別々の画像を用意してやり、その位置のズレを意図的に作ってやれば立体的に見ることができるわけだ。

 例えば、下の画像のように青色の□を右へずらしてやり、これを左目用の画像に使えば、立体感を得ることができる。
 

位置のズレを意図的に作ってやると?

 下の画像はそのようにしてやることで、一番最初に示した図を立体的に見えるようにしたものである。この図は平行法= 「左目で左図を見て、右目で右図を見る」なので、遠くをぼう〜っと眺めるつもりでこの図を眺めれば、きっと青い□が近づいて見えて、この図が立体的に見えるようになるハズだ。
 

こうすると立体的に見える
(平行法 = 遠くをぼう〜っと眺めるつもりで左目で左図を見て、右目で右図を見る。)

 こういった方を用いれば、立体画像を作ることができるわけで、実際「立体星座早見盤」というようなものはそういうやり方で作成されているわけではある。

 だが、実は一般的に「平面画像を立体化しよう」とすると、話はそう簡単ではない。それは、こんな図を立体化しようとする場合を考えてみればわかると思う。
 

じゃぁ、こんな図はどうやってやれば立体化できるの?

 「さっきと同じで、青い□の位置をズラしてやれば良いんじゃないの?」と簡単に言う人は少しばかり考えが足りない人である。ちょっとでも考えてみさえすれば、大きな問題に気付くハズである。この図のように背景がある場合には、青い□の位置をズラしたら、そのズレた部分は一体どうしてやれば良いのだろうか?
 

しまったぁ!見えない部分があるぞ?

 この部分に何があるかは判らない。だとしたら、単純に青い□の位置をズラすわけにはいかない。考えてみれば、そもそも一つの目から見た情報しかないのだから当たり前なのである。もう一つの目から見た時の情報は我々の手元には無いのである。そこの部分をどうしたら良いかは我々にはわからないのである。

 しかし、そうは言っても立体化するためにはこの青い□の位置を左へズラしたい。だけど、位置をズラしたらその部分が真っ白になってしまう。だけど、やっぱり立体化したいからズラしたい。"Toshift it or not to shift it; that is the question."というわけで、これはもうハムレットの心境のようになってしまう。このジレンマを解決してやらなければ、背景がある、あるいは距離の異なる物体が視野の中で重なっている平面画像を立体化することはできないのである。

 そこで、「できるかな?」ではそのジレンマを解決するために、単に位置をズラすのではなくて、青い□を拡大しつつ位置をズラすというやり方を考えてみたのである。名付けて、hirax.net式「平面画像立体化法」だ。

 例えば、上の画像の場合だとまずは青い□を拡大して、その後右へズラすのである。
 

hirax.net式「平面画像立体化法」
まずは拡大して(左図)、その後位置をズラす(右図)

 上の絵を見ればわかるだろうが、青い□を拡大してやると、元の図形と重心は同じだが、その周りに青い□が拡大することになる。そこで、その拡大した分だけであれば、位置をずらしてやっても背景の画像情報が無い場所が露出してしまう、ということがなくなる。このhirax.net式「平面画像立体化法」はつまり、隠された部分が部分的に露出してしまうのを防ぐために、それ以外の部分を隠してしまうというテクニックなのである。
 
 そのようにして、先の一枚の平面画像を立体化すると下の図のようになる。
 

hirax.net式「平面画像立体化法」を使って
立体化してみた画像
(平行法)

 前回作成したシャガールの「窓」hirax.net版などはそのようにして作成したものである。この画像の場合は窓枠部分は全く同じなのであるが、窓の中の景色を拡大後、左右の目用の画像をそれぞれ左右にズラしている(ズラし量は高さによって変えている。すなわち景色の中で遠くの部分と近く区の部分ではズラし量を変えている)のである。だから、よくこれらの画像を眺めてみれば、景色部分はオリジナルよりもhirax.net版は大きくなっているし、絵の中に描かれている情報自体もむしろ減少していることがわかると思う。
 

Window 
Chagall, Marc 
hirax.net Edittion
 
オリジナル版

 まずは、hirax.net式「平面画像立体化法」の原理がこの「画像の一部を拡大してからズラす」ということなのである。このやり方でシャガールの「窓」のような絵は立体化してやることができる。

 しかし、多くの人が気付くと思うがこれだけではまだまだ不十分なのである。最初の例えのように、四角や丸の形状の物体だけがある場合などはこれで十分なのだが、一般的にはさらなる問題が発生するのである。シャガールの「窓」の場合には、窓枠がほぼ四角と丸の組合わさったような形状をしているために、その問題は発生しないのであるが、一般的な形状の場合には話はそう簡単にはいかないのである。そんな場合、すなわち四角や丸の形状の物体だけで画像が構成されていない場合には、どんな問題が発生し、それをどんな風に解決していくことができるか、については次回以降に考えてみることにしたい。
 

 さて、冒頭で読んでいた「Right Eye」の中の「立体写真を見ることができない」という台詞はこんな感じのカメラマンに対する台詞で続けられていく。

 この写真を撮った奴らは、右目(Right Eye)をなくしてる。立体感がない。正しい(=right)右目と、覗きたい左目とのバランスを失っている。物を捉える立体感をなくしたままだ。
この台詞を眺めていると、前回の話を読んだ人であれば、その中で引用した南伸坊の「モンガイカンの美術館」の中で書かれている「写真の見方」の文章をきっと思い出すことだろう。
 一方、カメラというのは、もともとが片目で見た映像なのである。ファインダーを覗いてないほうの目を、カメラマンがあけたままであっても、写ってきた写真は片目の映像には違いない。
 これを両目で見れば、「写真は立体を平面に置き換えたものである」という正論が見えてしまうばかりである。だから、写真を、実物からうける視覚の印象と同じように見ようとするなら、片目で見なければいけないのである。
 つまり、立体感を失った平面画像を眺めるときには、カメラマンあるいは画家と同じように覗きたい片目だけで覗かなければならないのであった。そして、その平面画像に奥行きを与えもう一度立体画像にしてやるためには、hirax.net式「平面画像立体化法」ではないが、違う場所から眺めたときに「姿を現してくる隠されたもの」についてどう対応するかということを考えてやらなければならないと思うのである。

 それは、片目で平面画像を眺めて、そして頭の中でその立体感を与える作業をしてやっても良いかもしれない。また、両目を開けて考えてみても良いかもしれない。ただ、ファインダーを覗いてないほうの目で景色を眺めようとする時には、見えていない景色を想像したり、考えたりする必要があると思うのである。その想像力は、ある意味義務でもあるし、また貴重な自由でもあるのかもしれないなと、電車の中で、ドアに寄りかかりつつ「RightEye」の最後の台詞

のこされた(=left)ものは、のこされた瞳(left eye)で、のこされた夢を見続ける義務がある、… いや自由がある
を眺めながら、そんなことを考えてみたりした。
 



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