2009-06-14[n年前へ]
■誰とも同じスタートラインに並ばないのが一番いい
週刊SPA! 6/15号、西原理恵子×みうらじゅん対談から。
みうら:誰とも同じスタートラインに並ばないのが一番いい
西原:だから、同じスタートラインに並ばない若手が出てくると怖い。
2009-06-15[n年前へ]
■抒情の向こうに潜む絶望と希望
いしかわじゅんのマンガ書評集「漫画の時間 」から、西原理恵子の「はれた日は学校をやすんで 」に対しての言葉。
この作品のほとんどは、確かにすぐれて叙情的なものばかりだ。しかし、もう一度涙をぬぐって読み直せば、そこに違うものも見える。表面的な美しい抒情の向こうに潜む、西原の恐ろしいほどの絶望と、それから胸の底にわずかにのぞく希望とが、読みとれるだろう。
2009-06-18[n年前へ]
■男の人に多い、頭が図書館の人。
「ユリイカ2006年7月号 特集*西原理恵子 」での みうらじゅん と 西原理恵子 の対談から。
西原理恵子:男の人に多い、頭が図書館の人。ものすごい知識があって、何を言ってもその歴史なんかを知っていて魅力的なんだけど、経験則がないからすぐにバレちゃう。辞書の中で知っているジェノサイドや残酷な歴史を紐解いてもらっても困る。実際にその場で血や膿や銃弾の匂いを嗅いでいないと、聞いていてちっとも面白くない。中学や高校の教師の授業とまるで同じ話になってしまう。
2009-08-03[n年前へ]
■「うつくしいのはら」と「パーマネント野ばら」
ほぼ同時期に書かれた、西原理恵子の「うつくしいのはら」、そして、「いけちゃんとぼく 」、そして、「パーマネント野ばら 」は、同じひとつのモチーフが繰り返し繰り返し書かれていて、その繰り返されるモチーフに、どうしても心動かされてしまう。
私は私の空豆をみつけることができて、
うれしくてしかたがない。
2009-08-05[n年前へ]
■西原理恵子の愚直さ
西原理恵子のエッセイ、マンガを読んでいると、何度か・何度も、野村昭嘉さんのことが、ひっそり書かれ・描かれています。
彼だけは、その日暮らしの生活を送りながら、完成度の高い絵を描き続けていました。…それなのに、彼の絵は売れませんでした。
西原理恵子 「怒涛の虫」
たとえば、「怒濤の虫 」でも、「できるかなクアトロ 」でも・・・。そんな西原理恵子を表現した市川真人/前田塁の言葉です(「ユリイカ2006年7月号 特集*西原理恵子 」)。
そこにこそ、数多の日常漫画の饐(す)えたスポイルぶりとはまるで違って西原理恵子という書き手とその作品が読み手に与えてくれる、根底的な(あるいは根底にしかない)信頼感の、最大の根拠があるはずだ。それを「倫理」と読んでもいい。どれほどメジャーになり 、膨大な額を稼いでなお飽きぬのだと嘯(うそぶ)かれても、私(たち)が西原理恵子の批評性を信じつづけることができるのは、そうした倫理の愚直さが失われようはずもないからである。
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